福岡地方裁判所 昭和45年(ワ)1103号 判決 1971年3月31日
原告 小野国光
被告 株式会社 旭相互銀行
右代表者代表取締役 三輪嘉雄
右訴訟代理人弁護士 三橋毅一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は、「被告は原告に対し金九七万二、〇〇〇円及びこれに対する昭和三五年一二月三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求の原因として
一、原被告間において昭和三五年一二月二日、原告所有の別紙物件目録記載の土地四筆につき、被告のため、建物所有を目的とし、存続期間満一〇年、地代一ヵ月四筆合計金八、一〇〇円(各土地毎の地代額は同目録記載のとおり)契約時全期間分全額前払の約の地上権者を被告とする地上権設定契約を締結し、右各土地につき、福岡法務局同日受付第三四四六六号をもって右内容及び地代全額前払済なる地上権設定登記を経た。
二、しかし、右存続期間一〇年間の地代合計金九七万二、〇〇〇円は未払である。
三、よって、右地代金九七万二、〇〇〇円及びこれに対する約定弁済期日の翌日たる昭和三五年一二月三日以降完済まで年五分の割合による金員の支払を求めるため本訴に及ぶ。
と述べ、被告主張の抗弁に対する答弁として
(一) 被告抗弁(1)項の事実中、当時被告が原告に対し総額約五〇〇万円の融資による債権を有し、これにつき本件各土地に根抵当権が設定されていたこと、及び本件土地は原告において使用していたものであることは認めるが、その余は否認する。
(二) 被告抗弁(2)項の事実中、本件土地は終始原告において使用し、被告は使用したことがない事実は認めるが、その余は否認する。
(三) 被告抗弁(3)項の事実中、被告主張の訴訟事件において主張の日に裁判上の和解が成立したこと及び右和解において原告より被告に対し金五〇〇万円の支払義務あることを確認した事実は認めるが、右和解においては、本件地上権設定登記抹消の内容を含み、当事者間において本件地代を除くその他の一切の債権債務の不存在は確認されたが、地代については和解において協定がなされたことはない。
(四) 被告抗弁(4)項における設定契約解約の事実は認める。
と答えた。
被告代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として
一、請求原因第一項の事実は、そのうち地代に関する約定を除きその余は認める。
同上第二項の事実は認める。
二、(抗弁)
(1) 本件地上権設定登記の当時、被告は原告に対し総額約五〇〇万円の融資による債権を有し、これを担保するため本件各土地に根抵当権の設定を受けていた。
本件地上権設定契約は、将来第三者が本件各土地に建物を建設する等の事態を生じて将来の原告の右抵当権実行を事実上妨害することを防止する目的で、原被告協議のうえ本件地上権設定登記を経由したものであり、本件各土地は、現実に原告において資材置場等としてこれを使用しており、被告は本件土地につきその地上に建物所有したりその他なんらの使用をする意思もなかったもので、このことは原告も承知のうえであった。
従って、本件地上権設定契約は原被告間の通謀虚偽表示であるから、無効である。
(2) 仮りに、右契約が有効であるとしても、原被告間においては、被告が現実に本件土地建物を使用しない限りは、地代の支払をしない旨の約束であった。そのためにこそ、登記上地代全額前払済みとされたのである。
そして、現実には本件土地は終始原告において使用を継続し被告が使用したことはない。
従って、被告には地代支払義務はない。
(3) 仮りに被告の地代支払義務が発生したとしても、原被告間に係属した当庁昭和四〇年(ワ)第五六五号債務不存在確認請求事件訴訟において、昭和四一年二月二日裁判上の和解が成立し、右和解において、原告より被告に対し金五〇〇万円の抵当債務の支払義務あることを確認したほか、当事者双方間には相互に他に債権債務の存しないことが確認され、本件地上権についても一切の債権債務関係が清算された。
(4) 仮りに、以上のすべてが認められないならば、本件契約は地代を月額をもって定めるものであるから、その支払時期は毎月支払とみなすべく、民法一六九条の規定により昭和四〇年六月分までの地代債務は時効により消滅していることになるので、右時効を援用する。
さらに、本件地上権設定契約は昭和四一年五月二六日合意により解約されたので、同年六月分以降の地代債務も発生しない。
と述べた。
証拠≪省略≫
理由
一、原被告間において昭和三五年一二月二日、原告所有の本件各土地につき、被告を地上権者とし、地代関係を除き原告主張の内容の地上権設定契約が締結され、原告主張の内容の地上権設定登記(地代全額前払済とするもの)を経由したこと、地代の支払がなされていないこと、右設定契約当時より本件各土地は終始原告において使用を継続し、被告においてこれを使用したことのないこと、右契約当時被告が原告に対し総額約五〇〇万円の融資による債権を有し、右債権を担保するため、本件各土地に根抵当権が設定されていたこと、以上の各事実は当事者間に争いがない。
二 ≪証拠省略≫を綜合すると、本件各土地は、昭和三五年一二月二日本件地上権設定登記の当時以前より現在に至るまで引続き原告の居住する一区劃の屋敷の一部に属し、昭和二六年頃以降昭和四一年頃まで、原告は、この住居と敷地を使用して鋼材販売業及び金属廃品回収業を兼ねて営み右屋敷内には原告及びその家族の使用する住宅、倉庫等の建物が存し、空地部分は商品の搬出入や保管等に使用されていたこと、本件地上権設定登記に先立ち、昭和三〇年六月及び昭和三四年五月の二回にわたり、本件各土地につき被告銀行を根抵当権者とする根抵当権が設定登記されており、その中間の昭和三〇年六月三〇日受付をもって同日付賃貸借契約を原因とし、賃料は期間中全額前払済、存続期間三年、譲渡、転貸ができる旨の被告銀行を賃借権者とする賃借権設定の登記を経ていること、右賃借権設定登記は被告銀行の原告に対する根抵当権に係る金融取引上の債権を担保する目的でなされたもので、被告銀行は右賃借権による本件土地使用をしたことはなかったこと、本件地上権設定は被告銀行の貸付係からの一方的な要求によりなされたもので、その際原被告間に地上権設定契約の内容につき格別の折衝もなく、原告との連絡に当った被告銀行得意先係岩谷力は、本件土地上に第三者により建物を建設されると困るのでそれを防ぐ旨のことを、地上権設定登記の目的理由として原告に説明して登記手続の必要書類の交付を原告に要求し、原告はこれに応じた結果、本件地上権設定登記がなされるに至ったものであり、その後被告銀行より原告に対し、本件土地を使用させるよう要求する態度に出たことは一度もなかったこと、以上の事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫
三、以上の各事実及び本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、本件地上権の設定登記に当り、原告と被告銀行の間において、被告銀行においては本件各土地につき登記に表示された地上権を真に行使するものではなく、右登記の存在により、将来被告銀行が抵当権の実行をなすに当り、これを容易ならしめ、かつ実効あらしめることのみを目的として本件地上権設定登記を経るものであることを当然の前提とし、被告銀行において、本件各土地を使用することなく、また地代の支払もしないものとする黙示の合意がなされていたものと認めるのが相当である。
従って、原被告間においては、当事者双方に真実本件登記に係る地上権の内容を実現する意思がなく、他の目的のために地上権設定の形式のみを藉りる合意のもとに、本件地上権設定契約がなされたものであるから、右意思表示は通謀虚偽表示として無効というべきであり、被告銀行が原告に対し地上権設定の本登記手続を要求したことは、過当の行為として責めらるべきものはあるにしても、無効の法律行為に基き、原告においてその内容たる地代の支払を求めることのできないのは明らかである。原告は右地上権設定登記の前後を通じ本件各土地を使用し、被告銀行において一度もこれを使用した事実もなく、その後に行われたこと当事者間に争いのない裁判上の和解の事実その他取引上の経過に照しても、原告が地代の支払請求をなすことのできないのは通常人の常識をもってすれば容易に明らかに判断しうるところであるのに、本件地上権設定登記の抹消(≪証拠省略≫によると昭和四一年五月二六日と認められる。)された後四年以上経過した時期において地代の支払を求めて原告の提起した本件訴訟は、いわゆる不当訴訟の典型ともいうべきものである。
四、よって、通謀虚偽表示による無効を主張する被告の抗弁は理由があり、原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却すべきものとし、民訴法八九条に則り、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺惺)
<以下省略>